2002年、神奈川県藤沢市辻堂新町のバス通りで兎屋を始めた頃から漠然と考えていた「不規則模様の紙バンド」まだ紙バンド手芸の事を知らない方が断然多い頃でした。

顔墨製品の数が少ないので、商品売切れ次第見本チップの販売も終了致します。
紙バンド手芸は広まる!と信じて「兎屋」を始めた私としては、10年後紙バンド手芸が深みを見せ始める時に「不規則模様の紙バンド」があればいいなぁと想像していたのです。しかし、原紙から色付け加工、紙バンド加工を順に並べると厄介な事に気が付きます。要は模様付をどうするか?日替わりでワクワク・ガッカリの繰り返しでした。まだ動いてもいないのに・・・・・想像だけで。

クリームとみずいろの積りがみずいろじゃなくなりました。もっとビビッドな鮮やかさを出したかったです。
動き始めたのは2006年兎屋一家が高知県に移住した時からです。本当はあこがれの長野県へ移住したかったのですが、なぜか高知県になりました。私は高知隣県の愛媛県出身者なのですが、高知県の事は殆ど知らず、Iターンとして高知県へ引っ越しました。(その辺りの事は兎屋ブログにたっぷり書いています

引っ越し前、準備の為に何度も高知県へ通う「仁淀川の橋の上」で気が付きました!おぉ高知県も紙の産地やないか!紙の産地としては静岡県・愛媛県が有名ですが、実は高知県も紙産地なのでした。(※私の言う紙産地とは和紙産地ではありません)

クリーム×ピンクの色出しはうまく行きました。ピンクですが落ち着いた感じです。


みどりがうすざくらに影響して、うすざくら感が消えてしまいました。顔料がうまく乗らなかったようですが、これはこれで有りだと思っています。

紙業界に長く身を置いていた私は「必ず高知県の紙産地も歩けるようになるぞ!」と思いながら引っ越したのです。そして2008年、ついに奇跡の製紙会社に出会ったのです。もし製紙業の希薄な長野県に引っ越していたら、今の兎屋は無かったでしょう。高知県に向かった事が大きな出会いを生んだのです。

うすざくらとむらさきの相性がいいので、想定外だけど納得の顔墨紙バンドが出来ました。よしよし・・・・

「顔料墨流し紙バンド」に至る前に、兎屋コレクションカラー紙バンドの品質向上の戦いを何年も行っていましたが、従来使っていた愛媛県産のカラー原紙では無理だと思い始めていた頃だったので、強靭な紙を抄く高知県の奇跡の製紙会社との出会いは、“天佑”でした。これは誇張ではありません。

そして、高知県の原紙+愛媛県の紙バンド加工=兎屋紙バンド、という図式が描けるようになったその上に「顔料墨流し紙バンド」が実現したという事です。今回はまだ第1弾という事ですが、「顔料墨流し紙バンド」についても今後工夫をして行く積りです。どうかご意見など頂けるとありがたいです。