

桜を通してみる青空はきれいですね、これに富士山がからんでたら「カレンダー」の画像になります。
ここは茅ヶ崎市といっても市の最北に位置しています。このあたりは縄文時代の頃から人の営みがあったところで、住居あとや、古墳群が多く見られます。大きな山もなく、海岸線も当時はかなり内陸まで入り込んでいたので、漁労や狩猟に適し、温暖で木の実や野草の採集も出来たので、当時としては大きな部落郡を形成していたのだろうと考えられています。そのため、弥生時代以降、部落が大きくなってクニとなり、大和朝廷の傘下に組み入られていく過程においても、このあたりの重要性は変わらず、高座郡の中心地として栄えていたらしいです。人が集まっていたということは土質が良く、気候が良く、農耕に適していたということで、時代を下っても、いうなれば1等地でありえたと思われます。

江戸時代は、将軍在所の江戸に近いということで、旗本直轄地(天領)となっていました。有名な 大岡越前を輩出した大岡家がこのあたりを拝領して居たということで、この「浄見寺」は大岡家の菩提寺となっています。
桜の季節は新しい生活の始まりの時期ですね。部活帰りの学生さんが桜の下を通って帰途についていました。もう日も大きく西に傾いて、影が長くなっていました。











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