生姜のお菓子です。懐かしいです。?懐かしい気がするだけかな??
これを子供の頃食べたのはいつだっけかな?と思いだしていると小学校に上がる前の風景が浮かびました。そしてその風景には亡くなった父方の祖母がいました。お菓子事情の貧しかった昭和30年代後半、お菓子と言えば「かりん糖」か「芋ケンピ」あるいは「ひがしやま」等か、お町?お街?=おまち=城下旧市街の事:日本の西の地方城下町では今でも使われている言葉です。城下に広がる旧市街を差す。当時住んでいたのは愛媛県宇和島市)で売っている餅や饅頭の時代です。因みに私は芋ケンピと言う名を知らず、こちらもかりん糖と言ってました。

「生姜糖」と「黒糖生姜」 一袋400円・・・・・ちょっと高いかな?
小学校に入ると時々グリコのおまけ入りきゃらめる(1箱10円の赤い箱で、後におまけの箱が別に付くようになりました)か5円~10円の駄菓子が子供を取り巻くお菓子のほとんどでした。そんな状態の時に食べたような気がする生姜糖・・・・・生姜糖と言うのか・・・・・ザラッとした食感と甘さの下に広がる苦さを懐かしかった気がするのです。そう言えばおばあさんは酸っぱい夏ミカンに砂糖を付けて食べていたっけなぁ・・・・
さて、この「生姜糖」よく見ると袋上部に「お四国は日本の心」と書かれています。袋表面には高知産ショウガ100%とも書かれていて四国色=四国食が前面に出ています。売り場には試食用の菓子が置かれていたので食べて見ました。思った通りの味です。1959年生まれの(昭和34年)私にとっては安心と言うか疲れがとれる気がする味でもありますが、はたして幼少期の私がこれを食べて旨かったのか?それとも苦くて吐き出したのか?風景がなんとなく浮かび、懐かしい気がするのはひょっとしてその食体験が強烈だったのかも知れませんが、どうやら昔から四国にあった菓子であった事は間違いないようです。

四国巡礼88ヶ所の寺名が印刷されたデザイン。生姜糖をかじりながら四国を回るイメージでしょうか?

姉妹品「黒糖生姜」もおいしかったです。袋右下にはお遍路さんの絵があります。
・・・・・でも、これなら家でも作れるなぁ・・・・・












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