兎の「1957式」1997年夏57式を買ったぞ
左の写真は1957式の前の1995式:長くオフロードバイクで林道を駆けまわっていたのに、ある日ま逆カテゴリーのハーレーに乗り換えたので仲間はビックリ。でも私としては”いつかはハーレー”との思いで自然な流れでした。1995式でも北海道から九州まで散々走っていました。新車のエンジンは壊れる心配も無く安心してどこへでも私を運んでくれましたが、ちょっと違うぞ感が生まれて来るのも感じていました。
1993年3月に引っ越して来た静岡県富士宮市で知り合ったオートバイ仲間はみんな古いハーレーに乗っていたので(多分おれも古いのに乗るだろうなぁ)と思っていました。そして97年4月みんなで行った伊豆ツーリングの帰り、古いハーレーが集団で走って行くのを追いかけながら心に決めたのです。(オレも古いのに乗り換えよ~~~っと)今まで乗っていた1995式はちょうど車検で一区切りついたタイミングでした。
愛知県岡崎市のゼロにて・・・・長男(5歳)を連れて富士宮市から引き取りに行きました。
休み明けの月曜日、さっそくお世話になっているTさんちへ行き「ショベルにしたいけど」と言うと、Tさんは仕事をほったらかして私と一緒にショベルヘッドのハーレーを探し始めました。しかし当時(今もですが)既に人気のあったショベルヘッドのハーレーはとても高くて、Tさんに言わせると「なんでショベルが180万もするの?」見たいな話をしてました。
1997年8月24日(日)知り合いの方に借りた軽四に乗り早朝、富士宮市を出発し岡崎市まで引き取りに行ったのです。
そしてある夜Tさんが言った言葉「ショベルは高いからパンにしな」・・・(!)「はい そうします」ショベルより年式の古いパンヘッドは当然ショベルヘッドのハーレーよりも高いのですが、人気が高く値の張るショベルに比べ値ごろ感があり、Tさんがパンヘッドに乗っているのも手伝ってパンヘッドを探す事に方針変更したのです。そして見つけて貰ったパンヘッドが1957式のFLで、愛知県岡崎市の
ゼロに有りました。
引き取って一夜明けた月曜日:庭にオートバイを出し、改めて眺めています。次男もチョロチョロ出て来ました。
当時のダイアリーを見ると「リンカートキャブのつまみ:下=空キック・停車時。 中=始動キック。 上=エンジン掛った状態 等と書いています。とにかく初めての旧車、しかもハンドチェンジに慣れるまでが大変でした。何回も坂道発進練習しました。そして練習開始1週間位すると何とか走れるようになったのです。
製紙会社時代の制服でまたがっています:昼休みも惜しんでパンヘッドに慣れようとしていました。
購入後5日目、8月29日のダイアリー:「パンヘッドキック1発成功す」と書いてあり、①燃料コックON ②チョーク閉 ③アクセルOFF 空キック2回 ④チョーク2つ戻す ⑤スイッチON キック ⑥エンジン始動したらチョーク開・・・・・と書かれていて、1発キックで掛った喜びが伝わって来ます。しかしその後長く苦しい、しかし楽しいパンヘッドとの付き合いが始まったのです。
パンヘッドに乗って初めての高速道路で茅ヶ崎まで行きました。
何とかハンドチェンジにも慣れると先ず市内をゴソゴソ走っていました。そして9月に入るとドライブイン「
もちや」へ何度も軽いツーリングをするようになりました。相変わらず始動には戸惑っていましたが、一度エンジンがかかると好調でどこまでも走れる気がしました。そして不安ながらも第一目標を10月に開催のバイブズミーティング岩手に決めていました。(この始動に戸惑って・・・・と言う事が後の大修理の前兆だったのですが、当時は知る由も有りませんでした。
夏に買ったPANはすぐにクラッチが壊れ、クラッチ修理の為にミッションをはずしてゼロに送ると言う事態になりました。買ってすぐだったのでゼロでは無償修理をしてくれましたが、これを皮きりにあれこれ修理する箇所が出て来ました。まぁある程度は予想していたので頭に来る事は全くなくむしろ故障を楽しんでいて、まだ余裕でしたね・・・・この頃は・・・・
アレッ?パンヘッドが写って無いじゃん! 岩手県へ向けてツーリングの最中、どこかのPA
1997年のバイブズミーティングは岩手県藤沢町。古いパンヘッドで不安もあったけどショベルのU君と東京のSちゃんが一緒で安心でした。東北道を快調に走ってるとオイルが漏れてステップに置いた左足が滑る、滑る・・・・・旧車に乗るってこんな事なのねと妙に納得しました。この頃の事は今でもはっきり覚えています。
東北道北上中:漏れたオイル粒子が後を走るU君とSちゃんのシールドに付着しているのです。
パンヘッドを買った夏以降は、岩手県以外にも信州や木曽・伊豆へ出かけていて、エンジンも調子いいので行動範囲が広がって行きました。旧車って意外に楽じゃん♪暫くは春の日を楽しんでいたのです。因みに平湯へ行った時は帰りの開田高原へ抜けるダム湖脇の快走道路でハンドチェンジの技を習得しました。~なんだハンドチェンジも楽じゃん♪
Comments